台北から車で北へ向かうと、都会のビル群がだんだん低くなり、代わりに緑と風の匂いが濃くなっていきます。高速を降りてからは曲がりくねった海岸道路が続き、左手には灰色の海、右手には切り立つ崖。天気が変わりやすく、青空だった空が次の瞬間には鉛色に沈む。そんな不安定さの中で、新北の海岸線は独特の存在感を放っています。
海辺に立つと、まず目に入るのは波でもなく、岩です。無数の奇妙な形をした岩々が海沿いに点々と並び、どれも人の手で彫ったような造形をしています。ひとつとして同じ形がなく、まるで地球が気まぐれに並べた彫刻のよう。野柳、萬里、金山、鼻頭角といった地名を追っていくと、その岩たちの表情も少しずつ違うことに気づきます。
野柳では細い首の上に帽子のような岩がのり、金山では蜂の巣のような模様をした岩が広がっています。瑞芳に近い海岸では、鉄分を含んだ岩が酸化して黄金色に輝き、光の角度によって赤くも見えます。なぜこんなにも多様な形がひとつの海岸線に集まっているのでしょうか。その理由を知ることは、台湾という島の成り立ちを知ることにもつながります。

地層と自然が描く奇岩の理由
新北の奇岩の秘密は、地質にあります。このあたりの地層は「野柳層」と呼ばれ、およそ一千万年前に海の底でできたものです。海流によって運ばれた砂と泥が幾重にも積み重なり、硬い砂岩と柔らかい頁岩が交互に層を成しています。地球の動きによって海底がゆっくりと隆起し、今のような海岸が生まれました。柔らかい頁岩は波や雨風で簡単に削れますが、砂岩はそれに比べてずっと硬い。そのため、柔らかい部分が先に崩れ落ち、硬い部分だけが残っていく。こうして岩の形が少しずつ変わり、やがて奇岩と呼ばれる姿になります。
岩肌に近づいてみると、表面には小さな穴が無数に開いています。これは「塩類風化」と呼ばれる現象で、潮風に含まれる塩分が岩の中に入り込み、乾燥と湿潤を繰り返すことでひび割れが広がっていくのです。そこに強い風が吹きつけ、波がぶつかり、さらに削られていく。まるで時間そのものが彫刻刀のように働いているかのようです。
台湾の北部は、冬になると北東の季節風が強く吹きつけます。風は海から湿気と塩を運び、岩の表面に白い粉のような塩を残します。これが光を反射してキラキラと輝く様子は、まるで岩が自ら光を放っているかのよう。夏になれば台風がやって来て、荒波が岸を叩き、岩を一撃ごとに削っていきます。自然の働きには休みがありません。人の目にはほとんど見えない速度で、少しずつ、しかし確実に岩の形を変えていくのです。
金山の海岸にある蜂の巣岩は、この風と波が長い時間をかけてつくったものです。表面には細かい穴がびっしりと開き、どの角度から見ても模様が違います。海水がその隙間に入り、太陽の光で乾くとき、わずかに塩が残る。その繰り返しが続くことで、岩は少しずつ軽くなり、やがて不思議な形に変わっていきます。近くで見ると無数の模様が浮かび上がり、まるで地球が自ら描いた抽象画のようです。
瑞芳の海岸では、また違う表情が見られます。ここでは、岩に含まれる鉱物が酸化し、金色や赤茶色の模様を作り出しています。陽の光が差すと、それらが柔らかく輝き、風に揺れる海の色と混ざり合って、まるで生きているような景色になります。岩がただの物体ではなく、時間と環境の記録そのものであることを感じさせる瞬間です。

隆起する大地と変わり続ける海岸線
この海岸の風景を作っているのは、風と波だけではありません。台湾という島は、二つのプレートがぶつかる境界にあります。ユーラシアプレートとフィリピン海プレートが押し合い、海の底がゆっくりと持ち上げられています。地震が多いのもそのためです。つまり、台湾の海岸は、地球が今も動き続けている証でもあるのです。
海岸を歩いていると、岩の表面に貝殻の跡が残っていることに気づきます。それは、ここがかつて海の底だった証です。数万年、あるいは数十万年の間に地面が隆起し、海だった場所が陸になった。そして再び波に削られて、今の形ができあがった。新北の海岸線は、地球の循環の途中にある「現在の形」と言えるのかもしれません。
野柳地質公園で有名な「女王頭」の岩は、長い首の上に帽子のような岩をのせた形をしています。自然が偶然に作り出した造形ですが、風や雨によって首の部分が少しずつ細くなり、いずれ崩れてしまうだろうと言われています。人々はその運命を知りながら、今の姿を見ようと集まります。変わり続けるものを記録しようとする気持ちは、自然の一瞬を大切にする人間の本能なのかもしれません。

自然がつくる時間のかたち
新北の海岸を歩くと、自然がどれほど長い時間をかけて形をつくるのかを実感します。風の向きが少し変われば、岩の形も違っていたでしょう。波がもう少し穏やかなら、ここまで劇的な景観にはならなかったはずです。偶然の積み重ねのように見えて、その裏には明確な理があります。硬いものと柔らかいもの、動くものと動かないもの。その対比の中で自然は形を生み続けています。
海岸沿いの小道を歩きながら、ふと立ち止まって海を眺めると、波の音と風の音だけが聞こえます。岩にぶつかる波の音は決して同じリズムを刻まず、風の強さや潮の高さによって常に変わります。その不規則さが、かえって心を落ち着かせてくれます。人間の作る音楽とは違い、自然の音には始まりも終わりもありません。
新北の奇岩は、単に不思議な形の岩というだけではなく、地球の時間そのものを映し出す存在です。人が見上げる岩の形は、過去の海が残した痕跡であり、未来へ向けて変わり続ける途中の姿でもあります。私たちが見ているのは、永遠に変わらない風景ではなく、いままさに変化している途中の一瞬です。
この海岸には派手さも人工的な装飾もありませんが、そこに立つと、不思議と心が静かになります。奇岩たちは何も語らず、ただ風と波に削られながら、存在し続けています。人がどれほど急いでも、自然の時間はその何倍ものゆっくりとした速さで進む。新北の海岸に立つと、その違いをはっきりと感じます。
台湾の北端にあるこの海辺は、地球の呼吸のような場所です。過去と未来をつなぐように、風が吹き、波が寄せては返す。岩たちはその中で、今日も少しずつ形を変えています。

